神奈川県禁煙条例の紹介

(目的)
第1条 この条例は、受動喫煙による県民の健康への悪影響が明らかであることにかんがみ、県
民、保護者、事業者及び県の責務を明らかにするとともに、禁煙環境の整備及び県民が自らの
意思で受動喫煙を避けることができる環境の整備を促進し、並びに未成年者を受動喫煙による
健康への悪影響から保護するための措置を講ずることにより、受動喫煙による県民の健康への
悪影響を未然に防止することを目的とする。

【趣旨】
本条の規定は、神奈川県公共的施設における受動喫煙防止条例(以下「本条例」という。)の
目的を明らかにすることにより、本条例の性格及び規定し得る範囲を定め、次条以下の規定の解
釈について、基本的な指針を与えるものである。
なお、本条例の立法事実(本条例を制定する際の基礎を形成し、その合理性を支える社会的・
経済的事実)は次のとおりである。
@ 健康増進法(平成14年8月2日法律第103号)の立法以降においても、受動喫煙の健康影響に
関する科学的知見の集積が図られたことによって、受動喫煙による健康への悪影響(以下「受
動喫煙の健康リスク」という。)が、より明確に認識されるようになったため、これを未然に
防止することが急務となっていること。
A 受動喫煙の健康リスクに対する社会的な理解が進み、これまで、喫煙に対して寛容であった
社会認識が、受動喫煙にさらされることを容認しない方向にシフトしていること。
B 健康増進法第25条の「多数の者が利用する施設の管理者を管理する者は、これらを利用する
者について、受動喫煙を防止するために必要な措置を講ずるように努めなければならない」と
いう努力義務の規定は、実効のある規制内容となっておらず、現に、神奈川県において、受動
喫煙を避けることができる環境は整備されていないこと。また、現在のところ、受動喫煙防止
対策を強化する方向での新たな立法措置がなされ、又は健康増進法が改正される見込みはない
こと。

【解説】
1 受動喫煙による県民の健康への悪影響が明らか
「受動喫煙による県民の健康への悪影響が明らか」とは、平成15年5月1日の健康増進法施
行後に発表された@国際がん研究機関(IARC)のモノグラフ第83巻「たばこ煙と不随意喫
煙」(平成16年)、Aカルフォルニア州環境保護局(庁)報告「有害環境汚染物質としての環
境中たばこ煙の証明」(平成17年)及びBアメリカ公衆衛生長官(総監)報告「たばこ煙の不
随意曝露の健康影響」(平成18年)により明らかとなった疫学的研究の成果をいうものであり、
具体的には、次の受動喫煙による慢性影響をいうものである。
・ 大人への影響:虚血性心疾患、肺がん、乳がん、呼吸器疾患等
・ 子どもへの影響:呼吸器疾患、気管支喘息、肺の発達不全等
・ 乳幼児への影響:乳幼児突然死症候群(SIDS)等

2 県民、保護者、事業者及び県の責務を明らかにする
本条例は、3で述べるとおり、受動喫煙を防止するための環境を整備することを目的とする
ものであり、受動喫煙を避けて健康増進(積極的に健康状態を改善することにより、健康に生
活することができる期間(健康寿命)を延伸させるとともに、生活の質の向上を図ること)を
図ることができるか否かは、一義的には県民自身の意思や行動にかかっているものである。
このため、県民の責務規定を最初に置き(第3条)、次に、受動喫煙の健康リスクが高い未
成年者を保護することの重要性にかんがみ、保護者の責務規定を置き(第4条)、事業者及び
県の責務については、県民・保護者が、それぞれの責務を果たすための環境を整備することで
あるから、これらの責務規定は、県民・保護者の責務規定より後置(第5条及び第6条)する
こととしたものである。
なお、健康増進法も、健康づくりや疾病予防を積極的に推進するための環境整備を図るため
の法律であるが、国民の責務規定(第2条)が、国及び地方公共団体の責務規定(第3条)よ
り前に置かれているところである。

3 禁煙環境の整備及び県民が自らの意思で受動喫煙を避けることができる環境の整備を促進し
本条例の直接の目的は、受動喫煙を避けることができる環境の整備と、4で述べる未成年者
を受動喫煙から保護することの2つであるが、ここにいう受動喫煙とは、非喫煙者の意に反す
る受動喫煙(不随意喫煙)であり、喫煙者の受動喫煙や、たばこの煙にさらされることを合意
した非喫煙者の受動喫煙(以下これらの受動喫煙のすべてを含む受動喫煙を「二次喫煙
(second-hand smoke)」という。)ではない。
したがって、ここにいう環境の整備とは、すべての環境中からたばこの煙を取り除くことで
はなく(二次喫煙による健康リスクをすべて排除しようとすれば、生活が営まれている環境か
ら、すべてのたばこの煙を取り除かなければならないので、全面禁煙という選択しか残らない
ことになる。)、受動喫煙を避けたいと思っている県民が、たばこの煙のない環境を選択でき
るようにするため、禁煙又は分煙の措置を推進し、喫煙禁止区域の拡大を図ることである。
このため、受動喫煙を避けるか否かについては、結局のところ、本人の意思に委ねられるこ
ととなるので、例えば、分煙の措置が講じられているレストランにおいて、喫煙区域で飲食す
ることを選択した非喫煙者についてまで、本条例によって保護するものではない。
なお、健康増進法第25条に規定する「受動喫煙」の意義も、「他人のたばこの煙を吸わされ
ること」であるから、本条例における受動喫煙の意義と、「意に反する」あるいは「不随意
の」という意味合いが含まれている点において同じであり、そうすると、「受動喫煙を防止す
るために必要な措置を講ずる」ということに関しては、本条例は健康増進法と目的を同じくす
ることとなる。
したがって、受動喫煙を防止するための環境を整備するという目的を達成する上では、本条
例の性格は、健康増進法の上乗せ条例(努力義務→義務化)ということができる。

4 未成年者を受動喫煙による健康への悪影響から保護するための措置を講ずる
未成年者喫煙禁止法(明治33年3月7日法律第33号)では、その第1条において、「満二十
年ニ至ラサル者ハ煙草ヲ喫スルコトヲ得ス」と規定して未成年者の喫煙を禁止しているが、そ
の趣旨は、平成14年10月の財政制度等審議会「喫煙と健康の問題等に関する中間報告」によれ
ば、「未成年者は、喫煙のリスクについて多くの場合、適切な判断を期待できない」からであ
ると説明されている
そして、前記1のとおり、受動喫煙の健康リスクは、喫煙(能動喫煙)の健康リスクと同様
に、既に科学的な証明がなされているのであるが、そうであるにもかかわらず、現行法令にお
いては、未成年者を受動喫煙の健康リスクから保護する規定は置かれていない。このため、本
条例においては、未成年者喫煙禁止法の考え方に沿って、未成年者を受動喫煙の健康リスクか
ら保護することを目的の二つ目として掲げたものである。
また、ここにいう「保護するための措置」とは、具体的には、施設管理者及び保護者の義務
として、喫煙区域及び喫煙所への未成年者の立入りを制限するものであるが(第13条)、この
ような規制手法は現行法令にも例があり、
@ 風俗営業等の規制及び業務の適正化等に関する法律(昭和27年7月10日法律第122号。以下
「風営法」という。)第22条では、風俗営業を営む者は、18歳未満の者を営業所に客として
立ち入らせてはならない旨を規定し、
A 児童福祉法(昭和22年12月12日法律第164号)第34条では、何人も、満15歳に満たない児童
を、物品販売や役務の提供を行うために、風営法に規定する接待飲食等営業、店舗型性風俗
特殊営業及び店舗型電話異性紹介営業に該当する営業を営む場所に立ち入らせてはならない
旨を規定しているところである。
なお、風営法が18歳未満としているのは、前記規定が追加された昭和39年当時において「風
俗営業やいわゆる深夜喫茶等が、少年の非行を誘発し、非行少年のたまり場となっているよう
な事例が増加傾向」にあったからであり(昭和39年3月19日の衆議院地方行政委員会における
江口警察庁長官(当時)の提案趣旨説明)、また、児童福祉法が15歳未満としているのは、
「年少者の深夜の労働というものを保護しよう、深夜の勤めから救っていきたいというのが第
一点であり、第二点は風俗営業のような所に年少者を出入りさせることは青少年の教育上非常
に面白くない」(昭和27年6月3日の参議院厚生委員会における吉武惠一厚生大臣兼労働大臣
の改正趣旨説明)からであると説明されており、本条例とは、その保護の目的を異にするもの
である。

2010.11.8ehimesinbunへのリンク